記録





門川町沿岸には波によって侵食?されたのかどうか詳しいことはわかんないが、大小さまざまな洞窟があり、神社や祠が建てられている。合計で7つほどあるらしいが、いつごろ、だれが?などという詳しい資料はあまり残ってないのが残念。

ちなみに昔、うちの倉庫で家計図なるものを発見し、喜び勇んで開けてみたものの、記述まったくなし、、、拙者のなまぐさは先祖遺伝と判明し、嬉しいやら悲しいやら、、、

もちろん、土地の境界線もいいかげん。海辺の人はみんなこういう感じなのか?それとも門川特有なのか?

その昔、門川漁協には全国初という漁協経営の病院があり、なんと東大病院の先生を招き開業していて、県北から大勢の患者さんが押しかけていたそうだ。もちろんこれも漁協の倉庫をくまなく探すが記録まったく無し。

さらには、昨日、細島の川長物産社長に聞いて始めて判明したことだが、、、大正時代、鯨漁が盛んだったとの記述があったんですが、どのような方法で漁をしていたのかは不明だった。それがなんと細島にノルウエーから買ってきた捕鯨船があったのだと、なるほど、捕鯨船で漁をしていたのかとやっと理解できた。

また、かつおの一本釣りだが、針の返しを削り、鰹を次々と吊り上げる漁法も門川の漁師が考案したものらしい。それを高知にまねされてるのだ。ああ、特許をとっていたなら、、、

こんなことを根掘り葉掘り調べて人に言っても、「へーまこつね」(あっそう)でいつも終わりです(笑)

まあ、いいか。