海の歴史(門川湾の漁有権)

門川湾の真ん中にどでかんと浮かぶ乙島(オトジマ)。この島のおかげで湾内の潮流は活発になり、豊富な海の幸をもたらしてくれた(現在堤防だらけで潮流が悪くなってるが、、、)

その島周辺を湾内にある二つの漁村(尾末村と庵川村)が漁有権を巡って古くから対立してきたのだが、

その対立を仲裁したのは、なんとあの豊臣秀吉なのである。

どういうことかというと、秀吉の朝鮮出兵で庵川村から水夫として出兵していた漁師さんたちが(具体的なことは史実には残ってはいないが)、なにか目覚しい働きをしたそうで、褒美として乙島から太平洋に面した海洋の漁業権を庵川村に与えたそーです。

それいらい、なんと今日もその漁業権と言うのは存在してるんですよ。まあ、江戸時代には、たびたびすごい揉め事が起こってたと言う史実はありますね(笑)

数に勝る尾末村の漁師がたびたび仕掛けていたようで、役人によく怒られていたようです。しかしながら、このような苦悩が尾末漁師のその後の華々しい活躍に結びつくわけでして、まさに「雪に耐えては梅の花、霜に染みては紅葉よと」なるわけですねー。まあ、その活躍ぶりについてはまた後日。

航空写真で湾内を詳しく見る?→http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CKU-74-10&PCN=C30&IDX=25