「かあらつうゆうのべええにー♪ひわあおおちいいてー♪」

数十年前、私の住むここ尾末地区では夜半にこの歌が聞こえてくると、家々の扉は硬く閉まり、電灯が消えてたものである。

そう、だれあろう「松本正夫」が酔っ払ってがなり声を上げながら地区を徘徊し、知り合いの家々を焼酎を探して飲もうとしているのだ。

少しでも電気を落とすタイミングを失おうものなら、いやおうなく上がりこみ、家人がいやな顔でもしようものなら(大半の家庭はそうであるが、笑)

得意の名台詞「酒は楽しくのむべかりけりー!」と一喝されるのである。もちろん楽しいのは本人だけなのだが、、、(本人は牧水をライバル視していたらしい)

それからまた「かああらつうゆう〜♪」が始まり、家人が相当にうんざりしてくると、第二弾の名台詞「ばかっそ!」が飛び出すのである。

この「酒は楽しくのむべかりけり」と「ばかっそ!」と「かああらつうゆう〜♪」が延々と繰り返され、ついに家人は奥さんである「せつこばさん」を呼びに走るのである。

まあ、それでもただでは帰ることはあまりなく、無理やりつれて帰るのだが、道々また「酒は楽しくのむべかりけり」と「ばかっそ!」と「かああらつうゆう〜♪」が延々と繰り返されるのである。

どうしても酔いつぶれて帰れないこともたびたびで、筆者も軽トラに乗せて帰ったこと数知れず、、、

また、サッポロ一番味噌ラーメンが大好きで、飲んでいるときは味噌ラーメン以外は食べなかったねー。

ところがこれほどの酒豪でありながら、平素はどこにおるのか分からないくらいおとなしく、顔つきも飲んだときは眉毛がきゅんと上がっているのに、平素はしょぼんとたれ下がっているのである。幼きころの筆者は「これがほんとの大魔神だな」などと感心していた。

このように飲まなければ相当によい人である為、「せつこばさん」は焼酎があってもたんすの中や靴箱などに隠していたのだが、それを探して飲んだり、また、自分でこっそりと買ってきてはへそくりよろしくどこかに隠す。正夫氏が病床に臥すまで延々とこの隠しあいは続いていたのである。




軍隊時代は横綱を張るほどの怪力無双でした。




酒を愛し、海を愛し、歌を愛した正夫氏が県民注目の的となるのが、昭和44年。当時は県内大変な反響だったそうだ。



そのときの歌がこちら


これは、当時のイワシ漁は「棒受け網」と呼ばれる漁法で、カンテラを灯していわしが海面に浮いてくるのを網ですくうと言う漁法だったのだが、待てども待てどもいわしは浮いてこず、ついに朝が来てしまった。今日はカラで港に帰らなくてはならないと言う漁師の悲哀を歌ったものである。

筆者はこの歌を最初は、世間に認められない恋をしていた正夫氏が、恋しい恋人を寒空の中待っていたのだが、家人に外出を禁じられ、恋人は来ない(せつこばさんか?)それでも辛抱強く待っていると、いつの間にか夜が明けてきてしまった男の悲哀を歌っているものとばかり思い込んでいた。わかるかな?(笑)



およそ10年の闘病生活後、平成11年お亡くなりになられました。

あれから、尾末地区には歌声も響かず、現在も静かな夜が続いている。


 門川図書館前の歌碑